2014年御翼1月号その4

自分の殻の外に出なさい

  

 フロリダ州でホテル住まいをしているある金持ちの男性がいた。彼は自分が病気だと思い込み、その大きなホテルの医務室に通っていた。更に、三人の看護師からつきっきりで看病を受けていた。彼はそのホテルに著名なピール牧師がいることを知ると、面会を申し入れて来た。牧師が彼の部屋に入ったときに、彼が最初に言ったことは、「とても気分が悪いんです」であった。ホテルの医師は牧師の親友なので、牧師はこの男のことを話すと、医師は「その男は健康でないが、薬だけではなおらない病気です。もしあなたが彼に自己第一主義を克服させて、彼には縁遠くなっているキリスト教を一服たっぷり盛ってあげることができたら、私の治療などより、そのほうがどんなに効くか分かりません」と言った。
 そこでピール牧師は、できるだけそうしてみようと決心し、男とホテルのポーチに座って話していた。そのとき、一人の年配の婦人が、椅子を座り心地のいい位置に置こうと苦労しているのに気づいた。その椅子は手すりの下にひっかかっており、老婆は困惑していた。牧師は男に向かって、「老婦人に手をかしてあげなさい。そうしたら、きっと気分がよくなりますよ」と言った。彼はぶつぶつ文句をいいながらも、婦人に手をかして椅子を手すりの下からはずしてやり、ちょうどいい所においてやった。婦人はお礼に、彼に向かって優しく微笑した。彼は戻ってきて、私のそばの椅子にどっかり座ると、「なんとしたものか、私はこれで気分がよくなったようですわい」と言った。
 牧師は「人間というものは、何か人のためになることをすると、必ず気分がよくなるものです」と言って、キリストの言葉「自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう」(マタイ10・39)を彼に思い出させた。彼は考え深げに「私はその言葉をこれまでたびたび聞いていましたが、病気の治療法として考えたことは、今度が初めてです」と言った。そこで牧師は、利己主義によって、人は肉体的にも病気になってしまうことを説明し、「さっきのちょっとしたことでも、どんなにあなたの気分をよくしたかがおわかりでしょう。あなたが自分の殻を抜け出して、もっと大きなものに向かうようになれば、どんな気持ちがするか、想像してごらんなさい」とさとした。
 一年後、ピール牧師が再びこのホテルに行ってみると、偶然、廊下を大股で歩いてくる一人の男がいた。元気のよい人がいるな、と思っていると、それは全く別人のように変わっていたあの男だった。彼は健康と力を発散しているように見えた。牧師は、「とても元気になられたようで、よかったですね。看護婦はどうしました?」と尋ねた。すると彼は、「いや、看護婦はもう不要です。私は健康ですから」と答えた。彼は、ホテルのポーチで年配の婦人を助けたときに気分がよくなった経験から、少しでも人のためになることをしたいと思うようになったという。「あのちょっとした人助けによって、私は非常に気分がよくなったので、少しでも人のためになることをしたいと思い、さらにその機会を探し始めたのです。すると、もっと大きな人助けのことがいくつか見つかりました。一つのことをすると、次々にすることができ、全く不思議なことには、やがて私は以前にもまして非常に気分がよくなり始めたのです。私も遂にある日悟りました。私は、自分が自己中心主義のため、どんなに自分の生を破壊していたかをはっきり知ったのです。私は一層自分の外に向かって生きることによって、健康人になることができたのです」と彼は説明した。
 誰でも自己中心主義に陥ってしまうと、積極的な生活から無意識に後退してしまうのだ。一方、自分の気持ちを自分の外に向けると精神的にも肉体的にも正常な状態を取り戻すことができる。そして、その最後の結果としては、しばしば完全な幸福感が得られるのである。
ノーマン・V・ピール『積極的生活の技術』(ダイヤモンド社)より

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